2014年5月14日水曜日

Nymphomaniac

中国の数少ない良いところは、欧米で話題の映画がすぐに手に入ることである。ということで、ラース・フォン・トリアーの「ニンフォマニアック」をDVDで見た。ラース・フォン・トリアーといえば、鬱で絶望的に後味の悪い話を、超絶に美しい映像で見せる変態の天才映画作家として有名であるが、今回もそのセンスがいかんなく発揮されていた。日本ではまだ公開されてないそうだが、前評判でも言われてるように、またタイトルからも想像できるように今回は内容がかなりすごいので、日本で公開するとなるとモザイクだらけになってしまうかもしれない。

簡単にあらすじを説明する。路上で倒れていた傷だらけの謎の女ジョーを老人が保護し、その老人の家でジョーが自分の半生を語る、という設定で物語は進む。ジョーはニンフォマニア(セックス依存症)で、赤裸々に自らの過去の性体験を語る。老人はジョーの話をカウンセラー的態度で受けながら、魚釣りや音楽の対位法、フィボナッチ数(!)など様々な比喩を重ねて分析する。でもその老人がじつは...(以下略)。ジョーが20代くらいまでの話が前編、20代から現在までの話が後編、両方合わせて4時間半ほどもあるロングストーリーである。

奇跡の海やダンサーインザダーク、アンチクライストなどトリアーの映画に共通するのは精神的に追いつめられた女である。悲惨で無慈悲な現実の中、極限状態である種の聖性を帯びてくる様子が描かれている。今回の映画でもジョーはズタボロになって追いやられてゆき、目を覆いたくなるようなシーンが続く。今回の映画はいつもと異なり、ラストシーンがわずかな希望を見出せる(と俺には見えた)形で終わったことだった。エンディングはジミヘンのHey Joeのカバー。すごくいい。この曲は映画のストーリーとも関連している。



ジョーを演じるのはアンチクライストでも主演をしたシャルロット・ゲンズブール。アンチクライストも強烈だったけれど、今回はさらに強烈だった。誰もが指摘するだろう、そのハードコアポルノばりの性描写は強烈である(一応映画のクレジットによると、すべてのポルノシーンは影武者のポルノ俳優を使っているらしい)。とくにSMのシーンはすごかった。尻の皮が破れるまで鞭でうたれながら顔を歪めるジョーは、「ジュテームモワノンプリュ」に出てた母親のジェーン・バーキンを彷彿とさせる。あの華奢でセックスアピールの無い体もそっくりだ。シャルロット・ゲンズブールはまだ42歳だそうだけれど、人生に疲れ果てた50過ぎの女にしか見えなかった。

ラース・フォン・トリアーほど既存の倫理や道徳に真っ向から立ち向かって戦っている芸術家も近頃は珍しい。最近、カンヌで「ヒトラーに共感できる」なんてことを言って追放されたのも記憶に新しいが、あの発言も差別を意図した発言というよりも、過剰にポリティカリー・コレクトネスが要求される現在の状況に対する抵抗だったと伺える。実際、この映画の中でもポリティカリー・コレクトに言及する場面がある。ジョーが黒人のことをNワードで言い、それに対し老人が諌めるシーンがあった。こんな感じのやりとり。

「民主主義の社会では、言葉を排除しただけで問題を解決した気になってるだけよ」
「でも言葉を排除することが、民主主義社会ではマイノリティーへの理解を表しているんだよ」
「社会は臆病で、民主主義にこだわりすぎて馬鹿になっているのよ」
「君の言いたいことは分かるが、同意はできない。私は人間の本質を信じている」
「人間の本質は一言で言える。偽善よ。」

正しさと美しさは時に相反する。従来の価値観に照らし合わせて「正しくない」ものに美を見出すことこそ、芸術家の行う「美の創造」と呼ぶにふさわしい。この映画が目指しているのは、そんな挑戦的(かつ挑発的)な目標だと思う。いい気分になれる映画ではないけど、そういう価値観を揺さぶるような映画であることは間違いない。でもまあこれだけ商業に見合わないものを自分の好き勝手に有名俳優を使って撮れるのもすごいよな。