2014年12月16日火曜日

Generative Typography

この記事はProcessing Advent Calendar 2014の企画の一部です。Ammon OwedによるGenerative Typographyに触発され、Processingを使ったジェネレイティブな3Dタイポグラフィ作品を作ってみました。

This article is for Processing Advent Calender 2014. Inspired by Ammon Owed, I have made generative-typographical 3D works.







これらはAmmonのsketchを改変してプログラミングしています。作成にはGeomerativeライブラリとHeMeshライブラリを使っていて、まずGeomerativeで既存のフォントをメッシュ化し、それをHeMeshでいじくって描画しています。HeMeshは豊富なmodifyクラスsubdivideクラスが用意されており、元のメッシュからかなり自由に変形することができます。AmmonのHeMesh GUIを使えば、GUIを使ってメッシュの変形を操作することができます(このHeMesh GUIはProcessing 1.5.1対応なので、新しいバージョンのProcessingで使うにはちょっとコードを書き換える必要があります)。

These graphic works are made by a modified Ammon's sketch. The sketch uses Geomerative library and HeMesh library: create a mesh from a type by Geomerative, and modify the mesh by HeMesh. HeMesh provides numerous variations of modify classes and subdivide classes, which deform meshes very freely. Ammon also provides HeMesh GUI, which enable to create, modify and subdivide a mesh using GUI (the current version of HeMesh GUI is for Processing 1.5.1, so you need to modify the code a bit if you use it in Processing 2.*)

2014年10月19日日曜日

Generative art 3

ジェネレーティブアートの習作。Processingでプログラミングしたコードをjoons-rendererっていうライブラリを使ってレンダリングし、ガラスの質感を与えてみた。1枚の絵を作るのにレンダリングで6時間ほどかかってしまうのが若干の難点。






2014年9月16日火曜日

Generative art 2

最近はもっぱらprocessingのプログラミングの勉強をしていて、ジェネレイティブアートの技法を試行錯誤している。以下は力学系モデルを使って描画した習作。






2014年8月7日木曜日

Generative art 1

何らかのアルゴリズムを使って自律的に生成されるアートをジェネレーティブアートといいます。狭義には、数式を使ったプログラミングを実行してできるコンピュータグラフィックスのことです。最近はこれを取り入れて、数学とアートの接点を探っています。以下は習作。






2014年5月14日水曜日

Nymphomaniac

中国の数少ない良いところは、欧米で話題の映画がすぐに手に入ることである。ということで、ラース・フォン・トリアーの「ニンフォマニアック」をDVDで見た。ラース・フォン・トリアーといえば、鬱で絶望的に後味の悪い話を、超絶に美しい映像で見せる変態の天才映画作家として有名であるが、今回もそのセンスがいかんなく発揮されていた。日本ではまだ公開されてないそうだが、前評判でも言われてるように、またタイトルからも想像できるように今回は内容がかなりすごいので、日本で公開するとなるとモザイクだらけになってしまうかもしれない。

簡単にあらすじを説明する。路上で倒れていた傷だらけの謎の女ジョーを老人が保護し、その老人の家でジョーが自分の半生を語る、という設定で物語は進む。ジョーはニンフォマニア(セックス依存症)で、赤裸々に自らの過去の性体験を語る。老人はジョーの話をカウンセラー的態度で受けながら、魚釣りや音楽の対位法、フィボナッチ数(!)など様々な比喩を重ねて分析する。でもその老人がじつは...(以下略)。ジョーが20代くらいまでの話が前編、20代から現在までの話が後編、両方合わせて4時間半ほどもあるロングストーリーである。

奇跡の海やダンサーインザダーク、アンチクライストなどトリアーの映画に共通するのは精神的に追いつめられた女である。悲惨で無慈悲な現実の中、極限状態である種の聖性を帯びてくる様子が描かれている。今回の映画でもジョーはズタボロになって追いやられてゆき、目を覆いたくなるようなシーンが続く。今回の映画はいつもと異なり、ラストシーンがわずかな希望を見出せる(と俺には見えた)形で終わったことだった。エンディングはジミヘンのHey Joeのカバー。すごくいい。この曲は映画のストーリーとも関連している。



ジョーを演じるのはアンチクライストでも主演をしたシャルロット・ゲンズブール。アンチクライストも強烈だったけれど、今回はさらに強烈だった。誰もが指摘するだろう、そのハードコアポルノばりの性描写は強烈である(一応映画のクレジットによると、すべてのポルノシーンは影武者のポルノ俳優を使っているらしい)。とくにSMのシーンはすごかった。尻の皮が破れるまで鞭でうたれながら顔を歪めるジョーは、「ジュテームモワノンプリュ」に出てた母親のジェーン・バーキンを彷彿とさせる。あの華奢でセックスアピールの無い体もそっくりだ。シャルロット・ゲンズブールはまだ42歳だそうだけれど、人生に疲れ果てた50過ぎの女にしか見えなかった。

ラース・フォン・トリアーほど既存の倫理や道徳に真っ向から立ち向かって戦っている芸術家も近頃は珍しい。最近、カンヌで「ヒトラーに共感できる」なんてことを言って追放されたのも記憶に新しいが、あの発言も差別を意図した発言というよりも、過剰にポリティカリー・コレクトネスが要求される現在の状況に対する抵抗だったと伺える。実際、この映画の中でもポリティカリー・コレクトに言及する場面がある。ジョーが黒人のことをNワードで言い、それに対し老人が諌めるシーンがあった。こんな感じのやりとり。

「民主主義の社会では、言葉を排除しただけで問題を解決した気になってるだけよ」
「でも言葉を排除することが、民主主義社会ではマイノリティーへの理解を表しているんだよ」
「社会は臆病で、民主主義にこだわりすぎて馬鹿になっているのよ」
「君の言いたいことは分かるが、同意はできない。私は人間の本質を信じている」
「人間の本質は一言で言える。偽善よ。」

正しさと美しさは時に相反する。従来の価値観に照らし合わせて「正しくない」ものに美を見出すことこそ、芸術家の行う「美の創造」と呼ぶにふさわしい。この映画が目指しているのは、そんな挑戦的(かつ挑発的)な目標だと思う。いい気分になれる映画ではないけど、そういう価値観を揺さぶるような映画であることは間違いない。でもまあこれだけ商業に見合わないものを自分の好き勝手に有名俳優を使って撮れるのもすごいよな。

2014年4月30日水曜日

西安旅行

4月のはじめに西安へ遊びに行ってきた。北京からの一泊旅行。台湾の友達が「中国は行きたくないけど、兵馬俑だけは一度行きたい」と言っていたくらいなので、どんなものかと兵馬俑を見に西安へ。北京より田舎だし、北京よりも空気はマシだろうと思っていたが、ここも北京と同じくらい酷い空気だった。 

初日は西安市街地を観光。西安はチベットやウイグルとも近く、中央アジア文化と中国文化が混在した街だった。回族と呼ばれるイスラム教徒の少数民族も多いため、街中でクルアーンを来てる女性もよく見かけた。中でも回族の街は細い路地に所狭しと屋台が並び、ゴチャゴチャに人があふれていて、面白い場所だった。西安名物の、泡馍(パオモウ)と呼ばれる麺の代わりにパンをちぎってつけて食べるラーメンを食べる。素朴な味。 


西安は北京以上に交通状況が悪かった。タクシーもろくに捉まらないし、一方通行が多くて何回も乗車拒否される。単車に乗車用スペースをくっつけた手作りタクシーも多く走ってるけど、普通のタクシーの2倍くらいの値段を吹っかけられた。中国はだいたいこういう所で不愉快な思いをする。

二日目はバスに乗って兵馬俑へ。兵馬俑は一応中国でも有名な世界遺産のはずなんだけど、外国人がガイドなしで行くには結構難易度が高い。英語の表示は無いし、バスの乗り方もよく分からない。これは兵馬俑に限ったことではなく、万里の長城でさえも辿り着き方が難しい。周りは全員中国人だし、「これで多分あってるだろう」という不確かな確信のもと兵馬俑へ。 

兵馬俑は始皇帝が埋葬される際に副葬された兵士や馬の模型で、日本でいう埴輪のようなもの。体長が180cmくらいある、当時としては巨人の兵隊が体育館のような所に無数に並んでいる。表情も全部違うらしい。確かに圧巻の風景だった。これが作られたのは日本では弥生時代の頃だったというのだから、大したものである。ほんとは着色されているのだけど、それを保存する技術が無いから、今は発掘を一時中断しているらしい。



これもほんの40年ほど前に農民が偶然見つけたというのだからすごい。しかもたまたま見つけた農民が政府に報告したから良かったもので、今もそのまま埋もれていた可能性は十分あっただろう。中国がすごいのは、こういう捨て去られた過去の中にまだまだ宝が埋まっている可能性があるということである。
例えるならそれは、ゴミや油の浮いた海みたいなものかもしれない。表面上は汚くて臭くてあんまり近寄りたくもないけど、深海には未知の資源や財産が存在する(かもしれない)。中国のいいところはそういう「深み」がある所だと思う。僕は水中眼鏡を付けて海面に顔を付けた程度しかその世界を知らないけど、潜ってみたら面白いのかもしれない。まあ深入りすると溺れて死んじゃうけどね。



2014年3月31日月曜日

初心に戻る

2月の下旬に北京に戻ってきて、1ヶ月ほど経った。この4月に日本に帰るつもりで色々準備していたけど、結局ダメになってしまった。一時は絶望的な気分になっていたが、もうしばらくは北京に居ることになりそうだし、気持ちを切り替えて中国を楽しめるようにしたい。

北京に来て約1年半が経った。来た当初は反日デモ、大気汚染、台湾とのギャップで北京への印象は最悪だったけど、最近になってようやくフラットにここを見れるようになってきたかもしれない。来た当初の印象を-100とすると、今は-10ぐらいか。2月に日本に帰った時は、ほとんどの人が「いつ帰ってくるの?」なんて(憐みの視線とともに)心配をしてくれたけど、実際今は空気が悪いのと給料が低いこと以外は我慢できるようになった(この二つがとても深刻な問題ではあるが...)。

多くの外国人が北京を去っていく中、あえて北京を選んだ人たちも少数ながらいて、そういう人たちの話を聞くと力強い。中国は表面上はうるさくて汚くてダサくてめちゃくちゃな国で、北京はそんな中国っぽさの中心にある都市である。一応国際都市のはずなんだけど、全然洗練されてないし、国際ルールも通じない。上海や香港でなく、北京を選んで来た人達は「そんな所がいい」なんて言うけれど、最近まで全然その意味が分からなかった。それもちょっとは分かるようになったかもしれない。そもそも、あえて北京の大学に応募したのも、「今までと違う何か」を期待していたのだから、初心に戻ってみるべきだろう。

その一方、2年間過ごした第二の故郷台湾では、今とても重大な局面を迎えている。2010年の夏に僕が台湾に行ったときはちょうど馬英九政権になって2年目で、ECFAが締結され、経済的な両岸関係が徐々に近づき始めた頃だった。思えば僕がいた期間は、嵐の前の静けさのような、そんな貴重な2年間だったのかもしれない。大好きな台湾には思うことも色々あるけど、ここでは何も書かない。ただ固唾を飲んで状況を見守っている。

2014年2月12日水曜日

中東旅行

1月下旬から旧正月休みが始まった。中国での辛い生活の唯一の楽しみは、休みの日にどこかに旅行に行くことだ。今回はドバイに行ってみた。初めての中東、そしてイスラム教国への旅行ということもあり、なかなか新鮮で刺激的だった。

ドバイはよく知られているようにメチャクチャにバブリーな国で、世界で一番高いタワーや世界で一番大きなショッピングモール、世界最大の人工島があるアラブ首長国の都市である。砂漠地帯の一角に現れるその「人工」感はすごくて、人間の欲望の力の凄まじさを感じざるをえない。ショッピングモールには欧米のラグジュアリーブランドが並び、ランボルギーニの車が展示されていて、人工のスキー場や水族館までモールの中にある。

一方そこにはイスラムの戒律がある。ドバイはかなり規律は緩いとはいえ、モールの中では酒は売っておらず、基本的にBGMもない。また宗教衣装を着たイスラム教徒が多く、モール内に礼拝室もある。とくに性に関しては非常に厳しく、エロは言うに及ばず、結婚していないイスラムのカップルが歩いていることすらない。厳格なイスラム教徒の彼らは、一見すると人間の欲望からはかけ離れた世界に住む人たちのようにも見えるが、よく見るとショッピングモールで欧米の高級品を買い、金ピカの装飾品を身に着け、スマホをいじっている。その風景がとても新鮮だった。

中国も共産主義と資本主義が共存している不思議な国だけど、中国人はとても合理的なので、国家として統合させつつ国益を得るという方法論としてその二つを選んだ、というのはまあなんとなく理解できる。ドバイの場合は、イスラムの戒律と人間の欲望の許容をどうコントロールしているのか興味深い。

ドバイは宗教以外の部分に関してはとても国際的な街だった。労働者はほとんど外国人だし、言葉はたぶんアラビア語より英語の方が通じるんじゃないかと思う。看板はほぼすべて英語とアラビア語のバイリンガル。一番驚いたのは航空会社だった。今回はカタール航空を使ったのだけど、客室乗務員もほとんどが外国人で、アラブ人がアラビア語で質問した時、「アラビア語は使えません」と対応していた。カタール航空はバルサのスポンサーで、メッシが広告に出ている。金髪・付け鼻のテレビCMで顰蹙をかっていたどこかの航空会社とはえらい違いである。

街中は日本車が多いのが印象的だった。目測でいって半分以上が日本車なんじゃないかと思う。
とくに砂漠行きの車はほとんどがトヨタのランドクルーザーだった。北京では1割も日本車を見ないけど、中東では日本車はがんばってるようだ。残念ながらショッピングモールでは紀伊国屋書店以外目ぼしい日系の店はなかった。

帰りはカタールのドーハに半日ほどトランジットして帰った。ドーハはドバイに比べるとまだまだ規模は小さいけど、ドバイと同じように西洋文化を受け入れるような形で成長している街である。いとこもカタールで石油のプラント開発の仕事をしている。

ドーハは文化振興に力を注いでいるようで、大きな現代アートの美術館とイスラムの文化博物館があった。この美術館は村上隆が2年前に大きな個展をやって話題になっていたところで、今回はダミアン・ハーストの個展をやっていた(残念ながら1週間前に終わっていたので、外観だけ見た)。ハーストといえば現存するアーティストで世界一高い値段で取り扱われている作家として有名であるが、ハーストの個展を美術館丸々使った規模でやるなんて、何十億円単位で金がかかっているのは素人でも分かる。


2014年1月20日月曜日

アデル、ブルーは熱い色

いやー、すごい映画を見た!去年のカンヌでかなり話題になっていて、気になっていた映画「Blue is the warmest color」を先ほど見終えた。前評判に違わず、これは紛れもない傑作だと思う。同性愛ものの映画の傑作にウォン・カーウァイの「ブエノスアイレス」があるけれど、あの映画から15年ほど経ってやっとそれを更新するものが現れたと言ってもいい。

(以下、ネタバレ含む)
物語は二人のレズビアンカップルのラブストーリーで、高校時代からはじまり、その後の彼女たちの顛末を追ってゆく。普通の家庭で過ごすアデルとアーティストでエキセントリックなエマの二人がこの物語の主役で、「出会って、盛り上がって、すれ違って、別れる」、というような、話自体は昔から幾度となく繰り返されてきたものに過ぎない。

とにかくこの二人の演技がすごい。レズビアンの映画は今までにもあったけれど、ここまで濃密なセックスシーンは(ポルノ以外で)見たことはなかった。「むさぼり合う」という表現がぴったりくるようなそんな濃密なシーンで、だからこそ後半のすれ違いや別れの辛さが響いてくる。この二人の女優のプライベートは知らないけど、レズビアンじゃないとしたら大したものだ。

そして、この映画の魅力は日常と非日常の撮り分けの見事さだと思う。この映画はアデルの視点で撮られていて、アデルの高校、家族、保育園での仕事が日常で、対するエマのいるアートの世界が非日常である。アデルが日常と非日常の狭間をさまよう、というのがこの映画の肝である。とくに二人のクラブでの出会いのシーンで、アデルが昼の世界から夜の世界にさまよいこみ、そこで新しい世界に出会うシーンがなんとも新鮮だ。十代後半の頃の気分を思い出すようである。そして、エマのこっちを見透かすような表情もまた良い。

あと、今のこの時代でこんなに登場人物たちがタバコを吸いまくってる映画も珍しい。家に電話をかけてたり、エマのファッション(Gジャン着てる)を見ると、ちょっと昔っていう設定なのかもしれない。

前半の二人が楽しそうなシーンは、見てるだけで幸せな気分になる。例えば公園でスケッチするシーンとか、ラブパレードに二人で参加するシーン、微妙に噛み合わないこんな会話も。「ファインアートってなに?醜いアートもあるの?ピカソなら知ってるよ。」

後半、結局二人にはすれ違いが生まれてしまい、見るのもつらい展開になってくる。エマのアートの仲間が集まるパーティーや展覧会のレセプションでアデルが感じる居心地の悪さもうまく描けていた。実際、アートのパーティーなんて見栄っ張りのバカみたいな奴らが交友関係ひけらかすだけのくだらない場(もしくはそういうゲーム)で、そんなスノッビーでアーティーな雰囲気もうまく撮られているように思う。

そして、この映画の一番すごいところは、実は全然たいしたことのない話を撮っているということだと思う。同性愛の映画だと、「他者からの不理解」のような所に話を落としがちだけれど、この映画は意外とそういうシーンが少ない。アデルは男とも寝るし、異性愛の話でも成り立つような普遍的な話だと思う。誰か死ぬわけじゃないし、よくあるようなことで別れる。特別ドラマチックなことが起こるわけじゃなくても、二人の関係性だけで十分おもしろい。

2014年1月14日火曜日

ルームシェアでの生活

北京、とくに大学の周りは家賃が高すぎて、とても今の給料では一人暮らしできず、北京に来た時からシェアハウス暮らしをしている。最初は大学から安い大学の寮の部屋があると聞いていたのだけれど、鉄格子のない牢屋のような部屋を紹介され、泣く泣く外で住むことになったのである。台湾に住んでいた時はホテルのような部屋に住んでいたので、まさしく刑務所行きになったような気分だった。居留許可の手続きの都合で部屋を決める時間もほとんどなく、北京在住者向けの情報サイトで偶然見つけたこのシェアハウスの部屋に住むことになった。

このシェアハウスの仕組みはというと、まずマンションの一室を借りている中国人がいて、その彼がネットで告知を出してルームメイトを募集し、一室の中の数部屋を何人かに貸し出している。彼が言うにはこのマンションは1室買うのに1億近くする高級マンションらしいのだが、そこらに落書きがあるし、廊下に唾は落ちてるし、部屋の建てつけは悪いし、とてもそんなにいいマンションだとは思えない。牢屋よりはマシだったのでここを選んだにすぎない。なんでも北京はいまメチャクチャな住宅バブルで、また教育格差も酷いため、良い小学校が近くある場所はとくに高いらしい。

部屋の間取りは3LDKで、うち1部屋は部屋の中にトイレとバスも含まれている。最初は小さい方の部屋で住んでいたのだけれど、耐えられなくなって途中で大きい方の部屋に引っ越した。これだと東京の一人暮らしと変わらないぐらいの部屋代だけど、北京の大卒平均初任給は約5000元(8万円くらい)である。北京はどうやって人が暮らしているかほんと不思議だ。

ルームメイトは色んな人間がやってきた。まず最初にユダヤ系アメリカ人、中華系オーストラリア人、台湾人と中国人の夫婦との生活が始まった。このころのメンバーが一番良かったかもしれない。アメリカ人とは映画の趣味も合ったので、みんなでよく映画も見てたし、台湾人とも台湾話と中国の悪口で盛り上がった。中国に来た当初は色々トラブってて精神的にも滅入っていたので、シェアハウスをしていてかなり助かったかもしれない。途中で共産党青年部のノルウェイ人も居候するようになった。マルクス主義者なんだけど、この国の共産主義には批判的で、面白い人だった。

2013年の春からはこのメンバーは僕以外総替えで、中国拳法家のドイツ人と派遣労働で中国に来た日本人のおじさんと過ごした。このドイツ人は家の中でも江頭2:50みたいな恰好をしながら修行をしていて、ある時山に修行しに行くと言って去ってしまった。日本人のおじさんは40過ぎの中年で、日本での仕事がなくなって中国に電話サポート対応の仕事をしに来た人だった。ある時中国での仕事も解雇されて日本に帰国してしまった。管理人が言うには、日本では生活保護をもらって暮らしているらしい。日本人同士だからか微妙な距離感みたいなものもあり、ほとんど会話も交わしていなかった。もうちょっと色々話をしていても良かったのかもしれない。

2013年の途中からは女性もルームシェアのメンバーとしてやってきた。といっても残念ながら良い経験はまだできていない。華僑系のマレーシア人の女の子は、マレーシアで生まれてインドネシアで小中学校をすごし、イギリスで大学を出て、ロンドンで働いていたけれど、退屈だから北京に語学留学に来たという人だった。北京でも華僑の人が多いけど、みんな大体マルチリンガルでフットワークが軽く、国家や民族に縛られない軽やかさがあってかっこいい。他にはブラジル人、イタリア人、メキシコ人の女の子も短期でやって来た。

そして今は、よく分かんないジョークを飛ばしてくるイギリス人のおっさんと良い人なんだけど夜はあれの声がうるさいフランス人の女の子、映画の脚本を書いてる中国人の女の子と暮らしている。