2013年4月20日土曜日

新作についてのコメント

4月下旬になって北京もようやく春らしい気候になってきました。大気汚染は最近ちょっとマシになってきてほっと安心した束の間、つぎは新型の鳥インフルエンザが発生して、トラブル続きの日々はまだ続きそうです。早く収束するといいのですが。 

ところで先月アートフェア東京に出していた作品について、少しコメントしたいと思います。去年秋ごろにこのアートフェア出品のお話を伺って、作品を何点か出させてもらいました。今回は個展形式で出させてもらえるということで、あるコンセプトに基づいて新作を制作しました。 

まずこちらの作品をご覧ください。
”blow up” (2005)
これは2005年に作ったもので、"blow up"というタイトルの作品です。これはモデルカーの装飾用シールを貼りあわせて作った初期の作品で、blow up(爆発)を描いた絵です(ちなみにblow upは数学用語としても使われます)。子供の頃に慣れ親しんだミニ四駆のドレスアップステッカーを大人になって貼って遊んでみたら、グラフィティのような絵ができたという発見がこの初期作品シリーズの出発点です。そこから子供の頃に感じた「かっこいい」という感覚は、実はグラフィティや日本画など他の文化にも接続する普遍性を持っているのではないか、というアイデアを得て、その後の作品に展開してゆきました。

2005年当時僕が描いた上の「爆発」は、男の子供が見て「かっこいい」と思うようなイメージとして描きました。今回はこの「爆発」をモチーフに再び新作を作りました。
"The deadly sin [大罪]"

"The deadly sin (大罪)"
2012年の今、あらためて「爆発」を描くとしたら一体どのように描くべきなのか?やはりその時、福島原発事故のイメージを避けることはできませんでした。あのニュース映像は僕を含め多くの日本人に大きなインパクトを残しています。「爆発」というものが与えるイメージも、あの事故以降変わってしまったように思います。同時代の私たちが体験したこのカタストロフィを絵の中に描きたいと思って今回の作品を作りました。"The deadly sin(大罪)"という作品では、キリスト教における七つの大罪の中の一つである貪欲(Greed)をキーワードに福島原発事故を描いています。一方、仏教でも三毒と呼ばれる三大煩悩の一つにこの「貪」があります。キリスト教と仏教という二つの世界宗教が入り混じっている国日本で、原子力エネルギーとその背後に見え隠れする欲望を重ね合わせてカタストロフィを描きました。
"Terminator"
"Terminator 2"
"Terminator"という作品では、原爆投下というカタストロフィをそこに描いています。僕が子供の頃にはテレビゲームで格闘ゲームが流行っていのですが、そこでは戦いに勝利するとともに「YOU WIN」の文字が画面にあらわれました。この作品では、それに重ねて第2次世界大戦の終結を描きました。同時に作った"Terminator 2"では、昨今の北朝鮮情勢を鑑みて、未来の起こらないとは言えないカタストロフィを描きました。北朝鮮情勢については、実は過去にもミサイル発射実験時に作品の中のモチーフで登場しています。昨今はそれにまして状況が緊迫していて、それはとても嘆かわしい状況ですが、ミサイルを撃つだの撃たないだのといって世界が振り回されてるこの状況は「博士の異常な愛情」の映画のようなブラック・コメディを見てるようにも思えます。
"OUR WORK IS NEVER OVER (仕事は終わらない)" 

"OUR WORK IS NEVER OVER(仕事は終わらない)"という絵では、ダフトパンクの同名の日本語タイトル曲の言葉を参照して、冷戦下の核実験競争の様子を暗示しています。米ソ冷戦体制は僕が物心ついた頃にはもう終結していましたが、東アジアではいまだにイデオロギー対立による緊張状態が続いていて、冷戦というのは今もアクチュアルなテーマであると思っています。

"JUSTICE 1945"という作品は前回に作った作品のシリーズです。僕にとって原爆投下の最初のインパクトは小学校の頃に見た「はだしのげん」でした。「ギギギ」という漫画内の効果音や目玉が溶け出すアニメの原爆投下シーンは、トラウマになって今も脳裏に焼き付いています。これを元に絵を描いています。
"JUSTICE 1945"
「爆発」には多義的な意味があって、虐殺や破壊などネガティブな意味を持つ一方、中華圏では新年を迎えるときの慶びをあらわすものとして爆竹を鳴らしたりします。これらの絵でも鮮やかな色彩でパッと見「かっこいい」絵を描きたいと思っているのですが、一方の影の部分を併せ持つような、そんな絵を目指して描きました。