2013年12月8日日曜日

カナダ出張

・11月の半ばからトロントとバンクーバーに行ってきた。カナダはアジア人も多いし、空気や食べ物や水が新鮮で、暮らしやすい。生野菜を心配なくいっぱい食べれるのが嬉しい。

・北京には一切親しみを感じていないけど、中国以外に住んでる中国人や中華街には親しみを感じる。トロントでバスに乗った時、小銭が無くて右往左往してたら、その辺の中華系のおばさんに3ドルもらった。中国ではありえないことだ!

・最近は本当よく中国人に間違われるようになった。カナダにいる中国人からも「お前は中国人に見える」ってよく言われたし、前に日本に帰った時も英語のメニューを出されたし、ある時にはついに「日本語上手ですね」って言われた。どんどん中国人化していっております。

・今回のトロントはミラー対称性に関する研究集会、バンクーバーで研究打ち合わせ。物理のことはよく分からないけど、ノーマルファンクションと開弦理論の話は面白そうだった。ノーマルファンクションはホッジ理論ではよく研究されてるので、それをうまく応用できればいいのだけれども。

・バンクーバーから北京に帰る飛行機で、子供が風邪ひいてたらしく、「この中にドクターはいますか?」の機内アナウンスを初めて聞いた。残念ながら数学のドクターは何にも役に立たない。

・僕は運動不足の末端冷え性なので、マッサージによく行く。北京のマッサージはなかなかよくて、全身マッサージを1時間強二人にやってもらっても1600円くらい(エロいやつじゃないよ!)。

・11月の月末は珍しく忙しく、北京に帰って、またすぐ東京に。東京はなんといっても飯がうますぎ。やよい軒のご飯ですらお米が旨すぎて感動ものだ。東京は物価が高いと言われるけど、料理の質やサービスを考えると、全然高くないと思う。ホテルも狭いけど安いホテルが多いので、全く問題はない。東京に戻りたいよー!(心からの叫び)

・初めて海外に行った2008年ごろから使っているスーツケース。記憶の上塗り。



2013年10月31日木曜日

北欧旅行

10月はじめから中国では国慶節という長期休暇があって、ちょっと北欧に旅行に。ストックホルムとヘルシンキに行ってきた。北欧には初めて行ったが、パリやロンドンと比べると適度に田舎で、ゆっくりできて良かった。でも物価は高い。ストックホルムからヘルシンキへはシリヤラインという大型客船に乗って行ったのだけど、客船の中はカジノやショッピングモールやプールがあって、これもなかなか楽しい。船からはバルト海に浮かぶ無数の小島やおそろしくきれいな夕日が眺められる。でも嵐で揺れて、けっこう酔った。


北京に帰ってからは、グロス・ジーベルトのミラー対称性についての勉強。この分野については全然詳しくないのだけど、セミナーで発表しないといけなくなってしまって、トロピカル幾何を一から勉強しはじめる。このグロス・ジーベルトは最近けっこう流行っていて、それに伴いログ幾何が注目を集めている。うまくホッジ理論と絡めば面白いのだけど。

スケボーの絵を描いてる。こんな感じで貼り付け作業。

今月は残念なことに二人の近しい人が亡くなった。一人は祖母で、老衰だった。ちょっと色々あって葬儀には行けなかったのだが、無理してでも行くべきだったのかもしれない。遺灰だけ見ても、それが祖母だったとはにわかに信じ難い。もう一人は私の同年の友人。私とは比べ物にならないくらい優秀で、なおかつ人格的にも優れた人だったので、本当に残念でならない。祖母は年だったので仕方がないが、同年の友人が病気で亡くなるのは無念だ。しかし、この二人は今後も私の記憶の中で生き続けるだろう。

2013年9月30日月曜日

3Dプリンタと幾何学図形

最近、仕事で複雑な計算をすることが多くなり、計算機ソフトをよく使うようになりました。最近の計算機ソフトでは数学の計算はもちろん、グラフを描いたり、それをCADのフォーマットで出力したりすることができます。巷では3Dプリンタが話題になってますが、このソフトは3Dプリンタとも相性がよく、数学の関数を使って描き出した図形も出力することができます。これを使って何か作れないか最近考えています。


試しに作ってみた立体図形を紹介します。左の図形はフェルマー曲線と呼ばれる図形を元に作っています。 この図形は4次元(複素2次元)の空間に入ってる2次元(複素1次元)の図形で、フェルマーの最終定理で有名な方程式を使って定義されます。 しかしながら、人間の目では縦・横・高さの3次元の物体しか目で見ることはできません。 この図形は、4次元空間の図形を3次元空間内に「射影」して、目に見えるようにしたものです。 「射影」というのは文字通り図形の影をとったもので、物体の影が平面になるように、4次元の空間の「影」は3次元になります。

とくにこの図形は5次のフェルマー方程式を使って定義されていて、この場合はカラビ・ヤウ多様体と呼ばれる物理でも重要な図形(の切り口)になっています。 物理の超ひも理論では、素粒子の運動を記述するのに10次元の空間を使って説明されますが、10次元から時空の4次元を引いた6次元がこのカラビ・ヤウ多様体になっています。この空間は小さすぎるため、それを観察することはできませんが、数学を使ってそれを計算することはできます。とくに最近はミラー対称性と呼ばれるカラビ・ヤウ多様体の不思議な現象が知られており、これが物理と数学の双方でホットな話題になっています。

2013年8月30日金曜日

たまには北京の良いところも考えてみる

先週から北京に戻ってきました。去年の9月に来たので、北京は今月で丸一年になります(逃げるように帰省したり出張したりしてたので実際居たのは8ヶ月くらい)。またしばらく北京にいることになります。

今までは北京の生活での愚痴みたいなことを書くことが多かったのですが、あまりネガティブな事ばかり考えるのも精神衛生上良くないですし、たまには中国の良いところも考えてみたいと思います(政治的な圧力がかかってるわけではないのであしからず)。

・一度仲良くなると結構親切にしてくれる
中国人は基本的に知らない人に対しては異様に冷たくて、道さえ教えてくれなかったりしますが、一度仲良くなるとわりと親切にしてくれます。この壁を越えれるかどうかで中国での生活もかなり変わると思います。

・頭のいい人はたくさんいる
中国は日本の人口の10倍いる分、優秀な人間も(愚かな人間も)日本の10倍いると思います。中国人の優秀な人はだいたい中国の有名大学の学部を出た後、奨学金をもらって欧米の大学院に行くのですが、とくに数学とかだと欧米の大学院は中国人だらけです。もちろん日本のエリート層も十分に優秀だと思いますが、中国(もしくは中華圏)の場合その層の厚さと世界規模のネットワークはかなり強力です。とくに理不尽な戸籍制度のなか、過酷な競争を勝ち抜いて北京の大学にやって来た地方出身者は、さすがに優秀な人が多いと思います。

・日本のことを好きな人も(少ないけど)いる
中国の中でも北京はとくに中国色の強い街で、上海に比べるとかなり日本の文化的影響は弱いですが、それでもごく稀に日本の文化に興味を持っている人もいます。今のご時世で、北京で日本好きの中国人と会うと本当抱きしめたくなっちゃいます。

・基礎科学に力を入れている
今まで中国は世界の工場として経済発展してきたわけですが、最近ではソフトパワーに転換しているようです。僕の実感としても、最近は数学などの基礎科学に資金を投資してるように思います。数学とか芸術とかああいう実用的でないものに金を注げるかどうかが国の威信に大きくかかわってるので、そういう所は日本も見習ってほしいですね。

・巨大なアートマーケット
経済格差が大きく、土地も広大なため、アートマーケットの規模も日本の何倍もあるとは思います。それを見越してか、欧米のギャラリーも香港を突破口に北京にもたくさん進出しています。北京はいま日本のギャラリーが全然ないので、一か八かの勝負をかけるならチャンスかもしれません。

・外国人が多い
北京国際空港はとにかくバカでかくて、中国人だけでなく外国人もたくさんやってきます。最近は欧米も就職難で、無職でブラブラするくらいなら中国に行く方がましだ、という外国人もたくさんいて、中国もその受け皿になっているようです。中国自体単一民族の国じゃないですし、他者をどんどん取り込んで巨大化していってるような印象があります。

・なんだかんだで世界から注目されている
欧米の主要メディアのニュースサイトを見てると中国の記事は本当多くて、最近だとポーシーライの裁判のことが事細かく報道されています。注目っていうよりも監視って意味合いの方が合ってるのかもしれませんが。。

・予測不能な未来
中国ほど、この先どうなるかが心配されてる国はないでしょう。一つ舵取りを間違えばとんでもない方向に行ってしまうでしょうし、隣国である日本はその影響をもろに受けてしまいます。これだけドラスティックに変わっていってる時代のこの場所にいるというのも、後になってみればいい思い出になるかもしれません。


色々問題ある国だとは思いますが、こういう良いところ(?)もあります。台湾だとこれの10倍くらい書けると思いますが、明日からもがんばって北京で生きていきます。


2013年7月31日水曜日

瀬戸内芸術祭

先週はじめから夏休みがはじまり、日本に一時帰国しています。日本に帰ってきて先週1週間は瀬戸内芸術祭に遊びに行ってきました。10年くらい前に直島に行って、それ以来の瀬戸内海です。1週間の滞在でけっこういろんな島を見て回ったのですが、それでも全体の半分くらいしか作品を見れず、かなりの作品数でした。

今回行った島は、直島・豊島・小豆島・女木島・男木島、それに付け加え宇野港と高松港の周辺、あと丸亀市にも行きました。まず何といっても今回の芸術祭では大竹伸朗の作品を思う存分堪能できたのが本当に幸せでした。大竹伸朗は僕がめちゃくちゃ影響を受けたアーティストで、いまこうして現代アートに関わっているのも、高校3年の時に大阪で見た大竹伸朗の展覧会の影響だといっても過言ではありません。今回の瀬戸内芸術祭では、丸亀市猪熊弦一郎美術館と高松市美術館での大きな展覧会、さらに直島の家プロジェクトと銭湯、女木島の女根など多くの大竹作品を鑑賞しました。丸亀の美術館では最近のドクメンタに出していた小屋や新作の絵画や立体、高松市美術館では「記憶」と「速度」というテーマに沿って過去作が展示されていて、島ではそれぞれの場所に合わせて作られた作品を鑑賞(体験)できます。これらを通して見ると大竹伸朗の今に至る来歴や、今まで滞在したそれぞれの場所での制作ビジョンが見えてとても面白かったです。さらにこの旅行中は展覧会場で買った最近の大竹伸朗の著書をずっと読んでいたのですが、この本ではそれぞれの作品の背景とストーリーについて詳しく書かれていて、これを読むとより楽しめると思います。この芸術祭はまさしく大竹祭でした。

以前に直島に行ったときの記憶として、ジェームス・タレルのインスタレーションは強く印象に残っているのですが、それ以外のことはほとんど忘れていて、改めて行くとまた新鮮な気持ちで楽しむことができました。ジェームス・タレルの南寺は野外の建築作品にも関わらず今も良い状態で保存されていて、あの作品でしか味わえない感覚を再び体験することができました。あとリ・ウーファン美術館も良かったです。僕は「もの派」とかあまり好きじゃないし、美術館で「もの派」の作品があっても素通りするような人間なんですが、直島の自然の中に突如現れる巨大な「もの」は神をも思わせるような超越的な存在感があり、まるで「2001年宇宙の旅」に出てくるモノリスのようでした。今回の旅は中国の美術関係のゲストと一緒に回ってたのですが、中国では最近もの派が注目されているようです。

その他、豊島横尾館や内藤礼の豊島美術館、女木島のビーチ、高松のうどんなど、一週間居ても飽きることのない芸術祭でした。あと、この旅行では6年前に東京ワンダーサイト本郷で同時期に個展をしていた中島健にも久しぶりに会いました。彼は秋の瀬戸内芸術祭の展示に向けて、いま粟島で制作中です。


2013年6月30日日曜日

DECLO

こんにちは。いま台湾に来てます。久しぶりに一ヶ月の長期滞在ですが、あいかわらず天国のような場所です、ここは!

最近作っている作品についてちょっと紹介したいと思います。
いまから2年ほど前に既製品の時計にカッティングシートを貼り付けて装飾するDECLOというシリーズをはじめました。DECLOというのはデカール(転写シール)とデコレーションとクロックを合わせた造語で、今までの絵で使ってきたパターンや技術を使って時計を装飾していました。このシリーズはTOKYO CULTUARTで委託販売をさせていただいてます。

今回は新たにその第二弾として、デカールとデコレーション、そしてドクロを合わせたものを作っています。ドクロは死を象徴するモチーフであるとともに、古くから装飾品としても用いられてきました。とくに最近ではファッションモチーフとしてもドクロは定番化しつつあり、「かっこいい」モチーフとして受け入れられつつあります。今までの作品で追求してきた少年的な「かっこいい」感覚を継承しつつ、ステッカーを貼り合わせて装飾しています。

このDECLOのシリーズではインテリアデザインとグラフィックアートを融合したものを作ることを目指していて、前回の時計のシリーズではグラフィックデザイナーの相島大地くんにも協力してもらいました。インテリアとしても気軽に買えるものとして、安めの値段設定での販売を考えています。いろいろ準備中ですので、また詳細追ってお知らせします。

2013年5月31日金曜日

Art Basel 香港

先週末、香港で開催されていたArt Baselに遊びに行ってきました。Art HKからArt Baselに名前が変わって初めての開催で、かなり巨大なアートフェアでした。香港は美術品に対する関税がなく、また中国大陸への玄関口でもあるため、アートのマーケットのハブとしてここ数年かなり盛り上がっている地域です。このアートフェアでも世界各地のトップギャラリーが200~300ほど集まっていて、カタログだけでも電話帳のように分厚くなっています。全部ざっと見るだけでも2日くらいかかりました。

全体的な印象だと、インドネシアのギャラリーがかなり謎なパワーがあって面白かったですね。素材や技法でいうと、鏡を使った作品や顔料の厚塗り、レイヤーの重ね合わせを使った作品が多いような気がしました。日本のアーティストだと、具体や草間彌生は現在ニューヨークで話題になってることもあり、大きく展示されていました。日本のギャラリーも今回結構多く出していましたね。三潴画廊からはファイナルファンタジーの絵で有名な天野喜孝が大きな絵を出していて、かなり迫力がありました。

作品でどれが一番印象に残ってるかというと、実はアートフェアの作品ではなく、そこから少し離れたwhite cubeというギャラリーで開催されていたChapman兄弟の展示の作品が一番印象に残っています。地獄をテーマにナチスとマクドナルドが戦争していて、恐竜が交尾してたり宇宙船が登場するジオラマ作品、と言葉で書くとかなりぶっ飛んでいますが、実際の作品はその想像を超えて狂っていると思います。日本ではまだこの人たちの展示は行われていないようですが、日本の現代美術をちょっと知ってる人が見ると、会田誠の作品との類似性に驚かざるをえないでしょう。戦争というモチーフであったり、奇形化した人間やその圧倒的な量と作りこみ、そして狂気が度を越して笑いに到達する点などはとてもよく似ています。とくに死体が山のように積み重なるスカルプチャーは、「灰色の山」そっくりです。会田誠本人もちょうど香港に来ていて、この展示のことをツイッターで言及していましたが、パクリとかいうことでもないようですね。東西の変態芸術家のシンクロニシティーを感じさせる展示でした。

北京でも春になってから色々なギャラリーを回るようにしていますが、中国のアートはまだまだ分からないことだらけです。アイウェイウェイのように国家対アーティストみたいな分かりやすい構図があればまだ理解しやすいのですが、中国のアーティストのみんながみんな政治意識をもって作品を作ってるわけでもなく、作品の背景や意図が全く理解できないこともしばしば。あとこっちの人はわりと率直に「お前の作品つまんない」みないなことを言ってくるので、心が折れることもしばしば。まあ、あとでネットとかで悪口書かれるよりかはましかもしれませんが。。。だんだん心身ともにタフになってきてるとは思います。

2013年4月20日土曜日

新作についてのコメント

4月下旬になって北京もようやく春らしい気候になってきました。大気汚染は最近ちょっとマシになってきてほっと安心した束の間、つぎは新型の鳥インフルエンザが発生して、トラブル続きの日々はまだ続きそうです。早く収束するといいのですが。 

ところで先月アートフェア東京に出していた作品について、少しコメントしたいと思います。去年秋ごろにこのアートフェア出品のお話を伺って、作品を何点か出させてもらいました。今回は個展形式で出させてもらえるということで、あるコンセプトに基づいて新作を制作しました。 

まずこちらの作品をご覧ください。
”blow up” (2005)
これは2005年に作ったもので、"blow up"というタイトルの作品です。これはモデルカーの装飾用シールを貼りあわせて作った初期の作品で、blow up(爆発)を描いた絵です(ちなみにblow upは数学用語としても使われます)。子供の頃に慣れ親しんだミニ四駆のドレスアップステッカーを大人になって貼って遊んでみたら、グラフィティのような絵ができたという発見がこの初期作品シリーズの出発点です。そこから子供の頃に感じた「かっこいい」という感覚は、実はグラフィティや日本画など他の文化にも接続する普遍性を持っているのではないか、というアイデアを得て、その後の作品に展開してゆきました。

2005年当時僕が描いた上の「爆発」は、男の子供が見て「かっこいい」と思うようなイメージとして描きました。今回はこの「爆発」をモチーフに再び新作を作りました。
"The deadly sin [大罪]"

"The deadly sin (大罪)"
2012年の今、あらためて「爆発」を描くとしたら一体どのように描くべきなのか?やはりその時、福島原発事故のイメージを避けることはできませんでした。あのニュース映像は僕を含め多くの日本人に大きなインパクトを残しています。「爆発」というものが与えるイメージも、あの事故以降変わってしまったように思います。同時代の私たちが体験したこのカタストロフィを絵の中に描きたいと思って今回の作品を作りました。"The deadly sin(大罪)"という作品では、キリスト教における七つの大罪の中の一つである貪欲(Greed)をキーワードに福島原発事故を描いています。一方、仏教でも三毒と呼ばれる三大煩悩の一つにこの「貪」があります。キリスト教と仏教という二つの世界宗教が入り混じっている国日本で、原子力エネルギーとその背後に見え隠れする欲望を重ね合わせてカタストロフィを描きました。
"Terminator"
"Terminator 2"
"Terminator"という作品では、原爆投下というカタストロフィをそこに描いています。僕が子供の頃にはテレビゲームで格闘ゲームが流行っていのですが、そこでは戦いに勝利するとともに「YOU WIN」の文字が画面にあらわれました。この作品では、それに重ねて第2次世界大戦の終結を描きました。同時に作った"Terminator 2"では、昨今の北朝鮮情勢を鑑みて、未来の起こらないとは言えないカタストロフィを描きました。北朝鮮情勢については、実は過去にもミサイル発射実験時に作品の中のモチーフで登場しています。昨今はそれにまして状況が緊迫していて、それはとても嘆かわしい状況ですが、ミサイルを撃つだの撃たないだのといって世界が振り回されてるこの状況は「博士の異常な愛情」の映画のようなブラック・コメディを見てるようにも思えます。
"OUR WORK IS NEVER OVER (仕事は終わらない)" 

"OUR WORK IS NEVER OVER(仕事は終わらない)"という絵では、ダフトパンクの同名の日本語タイトル曲の言葉を参照して、冷戦下の核実験競争の様子を暗示しています。米ソ冷戦体制は僕が物心ついた頃にはもう終結していましたが、東アジアではいまだにイデオロギー対立による緊張状態が続いていて、冷戦というのは今もアクチュアルなテーマであると思っています。

"JUSTICE 1945"という作品は前回に作った作品のシリーズです。僕にとって原爆投下の最初のインパクトは小学校の頃に見た「はだしのげん」でした。「ギギギ」という漫画内の効果音や目玉が溶け出すアニメの原爆投下シーンは、トラウマになって今も脳裏に焼き付いています。これを元に絵を描いています。
"JUSTICE 1945"
「爆発」には多義的な意味があって、虐殺や破壊などネガティブな意味を持つ一方、中華圏では新年を迎えるときの慶びをあらわすものとして爆竹を鳴らしたりします。これらの絵でも鮮やかな色彩でパッと見「かっこいい」絵を描きたいと思っているのですが、一方の影の部分を併せ持つような、そんな絵を目指して描きました。


2013年3月31日日曜日

ART FAIR TOKYO

アートフェア東京が終わりました。お越しいただいた方々、どうもありがとうございます。展示作品やコメントなどはまた追々、整理がついたらお見せしていきます。

今回は東京に行く機会も重なり、ちょこっと展示の様子を伺うことができました。またこの時期はアートフェア東京の他にもフランシス・ベーコン展、アートフェアG-tokyo、六本木アートナイト、VOCA展など同時開催のアートイベントも多く、気候が良いのも相まって色々楽しめました。外国に住んでる身としては、桜の時期にアートイベントが凝縮して開催されるというのはありがたいものです。

とくに印象深かったのは会田誠の六本木ヒルズでの個展でした。これだけまとめて会田誠作品を見るのは初めてで、量とバラエティに圧倒されました。あと美術館で爆笑したのもこれが初めてだと思います。アートナイトのイベント中で深夜に展示を見たのですが、深夜4時とかに頭が朦朧とする中巨大な少女の絵画を見てると、妙なトリップ感覚を味わえて面白かったです(ちなみに私の性的嗜好は会田誠の性的嗜好とは全く異なります)。今回のアートフェアの出品で色々考え事をしてナーバスになっていたのですが、これを見て元気になれました。「現代日本のアイデンティティのあり方」っていうような紋切り型の言葉で掬いきれないようなねじれや屈折のあるコンセプト、それに付け加えて絵の技量や笑いやエロのサービス精神があふれたすごい展示でした。


あとアートフェア東京でも一点作品を買いました。加藤智大さんという鉄を扱う作家の作品で、"steel pencil"という、名の通り鉄で作った鉛筆の作品です。加藤さんとは2年ほど前に台湾であったGEISAIで会ったのですが、その後岡本太郎賞でも大賞を取った最近活躍中の同世代の作家です。一見すると普通の鉛筆に見えるのですが、この作品は鉄とステンレスと塗装で作ってあり、触ってみると重圧感があって鉛筆との物質的なギャップが面白いです。装飾もよく見ると凝っています。この作品はkaikai kiki gallery TaipeiのGEISAI受賞者展で見て気になっていたのですが、まだエディションも残っていて買えそうな値段なので買いました。

一年前に池添彰さんと北出健二郎さんの作品を買ってから、これでコレクションの第三号となりました。アートを買うのには人それぞれの理由があると思うのですが、作品の質はもちろん、僕の場合は同世代で地道に作品を作り続けている人を見ると、頑張ってもらいたいし、こっちも頑張らないとという気になるので買おうかなと思います。最近はアートの方でもデフレが続いていて、アジアに住む貧乏人の僕でも作品が買えるくらいなので、株券を買う1%のお金でもアートに費やせば精神が豊かになるんじゃないかなーと思います。

2013年2月27日水曜日

冬休み

1月の下旬ごろから1ヶ月ほど、冬休みで日本に帰っていました。昨年9月に北京に行ってからの日々はほんと大変で、反日デモ、人間関係のトラブル、そして大気汚染と心身共に疲れ果ててていました。今は冬休みも終わってまた北京に戻ってきているのですが、またリセットしてうまく立直せればと思っています。

冬休みの間は実家の奈良に帰っていたのですが、その間に来月に出展する新しい絵を作っていました。アートフェア東京というフェアで、Takashi Somemiya Galleryというギャラリーから個展形式で新作を出展します。久々に1メートルを超える大きい絵を出すので、ご期待ください。今回の作品は技法やスタイルは過去作から引き継ぎながらも、新たな方向性を試みています。


[展覧会情報]
3月22日(金)~24日(日) アートフェア東京2013 @東京国際フォーラム
Takashi Somemiya Gallery (P10)

あと日本滞在中にmy bloody valentineという高校の頃に崇拝していたバンドのライブにも行きました。チケットを取ってライブに行くのもずいぶん久しぶりで、見てがっかりしたらどうしようかと案じてもいたのですが、いざ見てみるとライブの内容は本当に素晴らしいものでした。高校の頃から引き続いていた気持ちが成仏したような、でもそれはそれで寂しいような、そんな気分です。

帰省中に読んでいた本では、山内マリコさんの「ここは退屈迎えに来て」という小説が印象的でした。この小説では地方都市の衰退と過ぎ去りし青春時代がBelle and Sebastianの曲のように甘く暗く描かれているのですが、それが帰省中の自分の状況と妙にシンクロしていました。まあ実際地方都市の衰退や自分の過去の思い出はこんな感傷的ではありませんが。


2013年1月18日金曜日

海南島にて


今月半ばから大学では冬休みが始まりました。ニュースでもご存知かもしれませんが、北京では過去最悪の大気汚染を記録していて、文字通り息の詰まりそうな日々を過ごしています。北京に来てから約4ヶ月たちましたが、未だに肉体的にも精神的にもハードな毎日です。冬休みは日本にちょこっと帰る予定です。

ところで今月の初旬ごろ、中国の海南島に行ってきました。海南島は中国の最南に位置する常夏の島で、最高気温が氷点下の極寒の北京と比べると天国のような場所です。ここには遊びに行ってたわけではなく、数学の研究集会で行ってきました。最近の中国は数学のような基礎科学にも力を注いでいて、この研究集会でもアメリカから著名数学者が数多く訪れていました。

とくに印象に残ったのはデヴィッド・マンフォードというある数学者の講演でした。この人は数学者なら誰でも知っているような偉大な数学者で、とくに僕が関わっている代数幾何の分野では後世に残る大きな仕事を残しています。実際、僕が書いている論文でも、全ての論文で彼の仕事を参照しています。この代数幾何の仕事で、彼は数学で最高の名誉であるフィールズ賞も受賞しました。

数学の天才にしばしばありがちなことですが、彼は代数幾何でそれだけ偉大な功績を残しておきながら、ある時期を境に代数幾何の世界を去ってしまいます。そして現在はコンピュータの画像処理に関する研究をしています。今回の講演では、彼の個人的な歴史からはじまり、なぜ自分は代数幾何のような純粋数学の世界から応用数学の世界に身を転じたのか、そして聴衆である純粋数学者へのメッセージをまるでTEDの講演のように分かりやすく力強い言葉で述べられていました。

マンフォードがなぜ代数幾何から転向したのか、というのは僕の中でも大きな疑問でした。この1時間の講演を聞いて、僕の理解でその理由を簡単に言うならば、それは現在の純粋数学は「自然」の世界から大きくかけ離れていて、そこに危惧を感じている、ということでした。こういうことは一般的にもよく言われるようなことですが、マンフォードが言うのですから言葉の重みは全く違います。なぜなら彼こそがその乖離を招くような抽象的な数学の道具を多く発明したからです。

もちろん彼は現代の純粋数学が理論物理の世界とインタラクションを起こしながら、両分野で大きく発展しているような背景は知っています。ただ彼のいう「自然との乖離」とは、例えば音楽のメロディや視覚イメージのようなものを純粋数学の一般論を使って説明できるのか、ということです。そんな事もあって、彼は現在コンピュータの画像処理のアルゴリズムに関する研究を行っているそうです。

この偉大な数学者の哲学は仙人の悟りのようなもので、僕は全くその境地には達する事はできませんが、共鳴するものは確かにあります。例えば、自分の話に引き付けるならば、僕もアートと数学という二つのものに魅力を感じ、それに多くの時間を費やしてきたわけですが、そこに根本的な共通点を感じる一方、両者の乖離も感じます。そこにどう決着をつけるのか、それは今後の宿題にしていきたいと思っています。

最後にマンフォードから我々(new students)に向けた教訓的なメッセージを参照させていただきます。