2012年12月30日日曜日

現実と仮想をめぐって

2012年もそろそろ終わりに近づいてきました。そして先々週についに30歳になり、私ももう若くはない年齢になってきました。気付けば20代の多くの時間を数学とアートに費やしてきました。このブログでは数学とアートについて考えている事を書こうと思っていたのですが、数学の事を全く書いていませんでした。数学の話をちゃんと分かるように書くのは色々面倒くさくて難しいからです。。「アートと数学の共通点は何か」、僕の手に余るこの大きな問題について、曲がりなりにも今の時点で考えている事を書いてみたいと思います。

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「現実」と「仮想」。世界を認識するとき、この二つの対比がしばしば使われます。例えば「仮想世界」というと、頭もしくはコンピュータの中にある現実には存在しない世界であり、「現実世界」というと実際街を歩いていて目にする物体が作る世界を想像するでしょう。「現実世界を認識する」と言う場合、それは目で見た風景や耳で聞いた音など五感を通じて得た情報を元に、それを頭の中で構築しなおして現実世界を認識します。つまり「現実」を認識するには、いったん仮想の世界を通してそれを認識するわけです。

ではなぜ現実世界を認識するために仮想が必要となるのか?それは現実があまりにも複雑で情報量が多いため、それを縮減して仮想の世界で考える必要があるからです。実際目に入ってくる情報量は膨大ですから、それを記憶したり認識して意味を掴むためには情報量を落として、記号や数字として処理する必要があります。数学とはこういった仮想の世界に枠組みを与えるものである、と言えるでしょう。例えば下の画像を見てみましょう。

ほとんどの人は「三角」と「丸」の図形だと認識するでしょう。そして道具さえあれば、これらの図形を再現して描く事ができるはずです。ここでは目で見た上の画像をいったん「角が3つある線の図形」と「中心点から等間隔に離れた線の図形」という性質に縮減して認識します。そしてこの二つの画像の違いも、この情報から区別する事ができます。幾何学では物の形をこういった抽象化された「図形」として扱い、それぞれの図形を区別するような重要な性質は何か、ということを考えたりします。

では「図形」とは何か?先ほど数学とは仮想の世界に枠組みを与えるものであると言いましたが、仮想の世界の話ですので、必ずしも現実世界に対応していなくても良いのです。実際目に見える物というと、縦・横・高さの三つの軸がある三次元の世界しか我々は目で見る事ができませんが、数学の枠組みだと目に見えないような高次元の図形も考える事が可能なのです。

ではそういった仮想世界の枠組みが一体現実世界にどう影響を与えるか?目で見えない図形なんか研究しても現実世界では何の関係もないんじゃないか、なんて質問もよくされます。しかし仮想の世界の枠組みが現実世界の認識を変えることはしばしばあります。例えば宇宙のような超巨大なものを考えたり、素粒子のような超極小のものを考える場合、人間の知覚だけではそれらを認識することはできません。科学ではそういった場合、数学的な仮想上の理論を作って、それを確証するために実験を行います。仮想と現実の相互作用により、世界の認識は深まるのです。(つづく)